標高1000m。
もはや“登山”と言っても過言ではない高さ。
そんな場所で“石をひっくり返しては戻す”と言う作業を延々と繰り返す。
まるで賽の河原のようだ。
救いがあるという点まで一緒。
『地蔵菩薩が現れる』か『サンショウウオが現れる』という似て非なる結果ではあるけれど。
そんな救いを求めて探しているのは『ハコネサンショウウオ』。
日本に生息するサンショウウオの中で、最も高地に生息するサンショウウオだ。
そう言った経緯があってこんな場所をうろついているわけだが....。
もうすぐ4月になるというのにこの景色。
もちろん気温も相応である。
見つけたい気持ちとは裏腹に体は拒否反応を示している。
かじかむ手でなんとか網を入れると、なにやら小さな魚がピチピチと跳ねている。
イワナの幼魚だろうか。
模様もはっきりせず体色も黒い。
続けざまにもう一網入れると今度は間違いない。
渓流魚はどの種も綺麗かつ格好いい。
その後も沢のあちらこちらにイワナの姿が見え隠れするが、
サンショウウオの気配はない。
しばらく歩くと水の流れが緩やかな場所にたどり着き、
水中には“サンショウウオに似た生き物”がうごめいている。
一網で無数のイモリが入り赤い腹をチラつかせている。
それにしても、まったく同じ場所にも関わらず、
模様のパターンがそれぞれ違うので面白い。
斑点状のものもいれば、帯状のものもいる。
時間が経つのと本来の目的を忘れてまじまじと観察していた。
が、ふと我に返りまた“苦行”へと戻る。
ここまでハコネはおろかヒダの幼生さえ見つかっていない。
流石にこの辺りには見切りを付け、さらに上を目指す。
どんどん雪が増え、季節を遡っている気さえする。
特にめぼしい沢も見当たらず、『展望台』という文字が書かれた看板が眼前に現れる。
そう。頂上だ。
雪でうっすらと白い山々が広がる。
ウェーダーを履いて登りきった。
足枷を付けながらも大きな目標を達成し、
とても清々しい気分だ。
これで心置きなく下山できる。
いや、待てよ。なんか忘れている気がする。
....サンショウウオ。
本日二度目の目的放棄未遂である。
冷え切った体に鞭をうって続行する。
今度は山の反対側へと下って行くが、
そこはもはや他県。
雪の積もる山を越え、県をまたいでのサンショウウオ探しとは、
なかなか酔狂だと我ながら思った。
下山の時間も頭に入れつつ、頂上付近をうろうろしていると、
幅30cm程の沢と呼ぶのも大袈裟な小さな溝を発見する。
まさか、こんな場所にはいないだろうと小さな石を退かしていくと、
紛れもないサンショウウオの姿が目に入る。
ヒダっ子~。
会えて嬉しい。嬉しいのだけれど、「君のお仲間を連れてきて」と一言添えて、
元の場所にそっと放した。
その後もヒダっ子は次々と見つかるものの、
肝心のハコネっ子が現れない。
しかし、これ以上は時間的に危ないと判断して、
渋々、山を下り始める。
虎柄のサンショウウオ
悪あがきでしかないが、少しでも良さそうな沢を見つけて帰ろうと思い、
行きとは違うルートを使うことにした。
そこで見かけた一本の小さな沢。
苔が生えていて砂礫も少なく、お世辞にも良さそうとは言えない。
そんな沢のちょうど真ん中に朽ちてボロボロになった倒木が、
水の流れをせき止めるようにして佇んでいた。
もちろん期待などはしておらず、なげやり気味に退けてみると、
奇妙な光景を目にする。
「斑模様の....イワナ?」
脳が理解していない。
おまけに雑に持ち上げたものだから、泥も一緒に巻き上げていて、
はっきりと姿は見えない。
状況が飲み込めないままとりあえず掬い、
そこで初めて正体に気付く。
「ヒダサンショウウオ」
美しすぎる。
こんな個体見たことがない。
サンショウウオは地域によって模様や色に違いが見られる。
ヒダサンショウウオで言えば、「六甲山」の個体が特に美しいといった話をよく耳にする。
まさか、こんな場所でお目にかかれるとは思ってもみなかった。
沢の中でしばし感動に浸っていると、同じ倒木の下にもう一匹いることに気が付いた。
なんと、またしても普通のヒダではない。
まったくと言っていいほど模様がない。
黄色い斑点がうっすらとあるくらいだ。
二匹を比べるとその差は歴然。
地域も同じ、居場所も同じなのに、ここまで違うとは....。
謎が深まるとともに改めてサンショウウオの魅力に気付かされた。
お目当てのハコネには出会えなかったけれど、
それはまた次の機会に。