出張で山中の宿に泊まった時のこと。
美味しいご飯も食べて風呂にも入ったし、
「いっちょ昆虫採集に行きますか!」
意気込んで宿の玄関を出た矢先、
見慣れない昆虫がバタバタもがいていた。
「ヒゲコガネ」
まるで闘牛のような見かけをしている。
とてもカッコいい甲虫である。
幸先がいいやん♪
意気揚々とカブクワを探しに向かう。
一触即発!
少し距離はあるが虫が寄り付きそうな電灯が見えた。
鼻歌交じりに足を進める。
携帯のライトしかなかったので、
節電もかねて灯さずに歩く。
これが失敗だった。
後、10m程で目的の電灯に差し掛かろうとしたその時、
「ううぅぅっっ!!!」
低く鈍い、それでいて敵意むき出しの唸り声が響く。
野生動物と対峙した際、急な行動は厳禁。
っていうよね。
あれは、無理。
近距離で鉢合せてしまうと反射的に体が逃げてしまう。
頭で考えるよりも先に。
以前、アユカケを探していた時にイノシシと対面した時もそう。
今回も例外ではなく全力で走った。
背後に迫ってくる感覚。
はまったくない。
直面した時に向かってくる感覚があったので、
正直、「終わった」と思ったが、
お互い逆方向に全力疾走した模様。
驚いたのは自分だけではなかったらしい。
いつ身を翻してこちらに来るかわからなかったので、
転がり込むように宿の玄関をくぐった。
久しぶりに感動以外で足が震えた。
と同時にすごい必死な自分の逃げ様に笑えてきた。
息を整え落ち着いたところで、
逆方向の良さげな電灯に向かう。
道中で物陰から犬が吠えてくる。
先ほどの一件もあってたいそうビビる自分。
もはや昆虫採集の気分じゃなくなり、意気消沈。
「今日はこのぐらいで勘弁してやるか」
誰に言ったかわからない負け惜しみを吐き、
逃げるように宿に帰った。