目次
幼い頃からの憧れ“イトウ”
子どもの頃から魚が好きで、よく図鑑を眺めている子どもだった。
その冒頭にあった“イトウ”の写真。
黒っぽい水色から川は仄暗く見え、
その中に佇むとても大きな魚。
子ども心に怖いと思ったのだろう、
そのページは恐る恐る開いていた。
が、なぜだか気になってしまうページでもあった。
その時の感情は“畏怖”と“憧れ”だったのだろうと、今ならばわかる。
気が付いたら決まっていた「北海道遠征」
月日は流れ、世間一般“いい大人”と呼ばれる歳になった今も、
魚の写真と睨めっこばかりしている。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。
似たもの同士が集まるのか自分の周りには生き物や釣り好きが多い。
その中の一人、UKとたわいもない話をしているうちに、
気が付けば「イトウ釣り in 北海道」が決まっていたのである。
どんな話の流れからそうなったのか定かではないが、
憧れのイトウに挑戦できるまたとないチャンスなので楽しみで仕方がなかった。
事前情報は友人の情報のみ。全幅の信頼を置いているので心配はない。
あるとすればお財布の中身ぐらいだろうか。
諭吉が一枚、二枚とみるみるうちに羽ばたいていく。
「イトウを釣るため」と何度心の中で唱えたかわからない。
いざ、北海道へ
なんとか準備を済ませ当日。
「一緒にいると何かが起きる」ことで有名なUKと飛行機。
正直、いろんな意味で心臓バクバクである。
想像に反してハプニングもなく北海道の地に降り立った。
ここからは車で長距離移動。
今回の遠征は三日間あるが、初日はほぼ移動で潰れる。
三日目も午前までだから、実釣時間は一日半ほど。
限りある時間に焦る気持ちを抑えポイントに向かう。
北海道らしい広大な景色に心を癒される。
所々で“海鮮”だの“焼肉”だの看板が目に入るが、
「二人とも釣れたらジンギスカンを食べに行く」
とUKと約束し涙を呑んで通り過ぎる。
そしてセイコマ。
大学時代の北海道ツーリングの時もお世話になった。
またお世話になる日が来るとは。感無量である。
釣れるまで買い物に行くつもりはないので、
大量の食糧を買いだめしておく。
そして数時間かけて現場に到着!
夕暮れ間近ということもあって早々に準備を済ませ川に入る。
釣るというよりも川の雰囲気だけでも掴んでおきたい。
どこからともなく香る“獣臭”
「怖い」開始三秒で思った。
背丈を越える藪に囲まれ時折香る“獣臭”。
いつヒグマがひょっこりはんしてもおかしくない。
現に出会った釣り人の方から、
すぐ近所の公衆トイレ付近にヒグマが出たという話を聞いた。
「ここはそういう世界」肝に銘じておく。
薄暗い中、川の上流に目をやると、なにやら水面がざわついている。
近付いてみるとなんと“カラフトマス”。
それも尋常じゃない数が波打つようにして上流を目指している。
生命の輪を繋ぐために上流へ向かっている最中なのだろう、
傷ついている個体も多い。
力尽きて亡骸となっている姿もあちらこちらに見受けられる。
北海道のスケールの大きさを早くも実感させられた。
予想通りと言えばそうだけれど、
この日イトウが顔を見せることはなかった。
夜は海でロックフィッシュ祭り!
しかし、ここは北海道。イトウだけではない。
海ではロックフィッシュが熱いと友人が教えてくれた。
確かにクロソイが面白いように釣れてくれる。
サイズもデカイ。
コマイかな?
北海道らしい魚も結構釣れる。めちゃくちゃ楽しい!
ただ、猛烈な風と雨がみるみる体力を削っていく。
気温も本州よりだいぶ寒いのでなおさらだ。
早々に車へ逃げ込む。
そんな中嬉々として次々魚を釣ってはローアングルで写真を撮るUK。
「ヤバいやつや」
ぼそっと呟いて眠りについた。
運命の二日目
いきなり正念場の二日目。
丸一日イトウに費やせる貴重な日。
朝一の大事な時間を逃したくないので、
大場所の多い下流に向かう。
倒木の折り重なった淵がメインスポット。
ヒグマに怯え緊張しながら丁寧に打っていく。
時折小さな魚が当たってくるが針にかかることはない。
そんな中一際大きな倒木を打っていたUKのロッドが大きく曲がる!
表層で暴れ狂う魚。
慎重に近付くと途中でイトウとわかり、
ランディングする手にも力が入る。
顎をがっちり掴み浅瀬まで運ぶ。
ここでやっと緊張の糸が途切れた。
「よっしゃあー!!!!」
UKにとっても憧れの魚。
夢が叶う瞬間は本当に良いもの、こんなに嬉しそうな顔は見たことがない。
この場に立ち会えたことが本当に嬉しかった。
写真撮影も済ませ無事リリース。
念願の魚を釣り終えたUK。
いつもキャッキャ騒いでいる彼がこれ以上ないほど落ち着いた顔をしていた。
この時の彼の表情は今でも忘れない。
さて、次は自分の番。
下流に向けて釣り歩いていく。
UKはロッドを置き、サポート役に徹してくれている。
何としても釣らねばという思いから力みまくり、
思うようにキャストが決まらない。
嘲笑うかのようにマスが水面を尾で叩いている。
8km程やって午前の部終了。
一旦車に戻りブレイクタイム。
それにして酷かった。ミスキャストのオンパレードである。
メンタルがここまで釣りに影響するとは。
後ろで見ていたUKも同じことを思っていたらしい。
まぁ、自分の新しい一面が見れて少し面白かったが。
気を取り直して午後の部。
今度は上流へと釣り進める。
休憩の甲斐もあっていつも通りの釣りができた。が、反応はない。
しばらくして流れが当たり岸が抉れており、
木が大きく被さっている“いかにも”といった場所にたどり着いた。
一投目。アタリがない、と思って巻き上げているとその後ろにイトウの姿が!
しかし、寸前でUターン。
「なんでじゃー!」
叫びそうになったがグッと堪える。
そして6km程登ったところでタイムオーバー。
と同時に完全にガス欠。
睡眠もままならない上にヒグマと遭遇する緊張感、釣れない焦り、
ウェーダーを履いての長距離川歩きは予想以上に心身を削っていたらしい。
運転をUKに預け車内で死んだように眠っていた。
意識を取り戻すころには若干空が明るくなっていた。
北海道遠征“最終日”
飛行機の時間もあるため釣りができるのはよくて六時間。
正直なところ、焦りはピークで諦めの気持ちも混じっていた。
それでも何とかして釣りたいと思う気持ちが一番強かった。
内容はボロボロだった二日目の釣り。
がむしゃらにやってわかったこともいくつかある。
イトウの数は多くはなく目視できたのは5匹程。
そのすべてが倒木が折り重なり流れで削れてできた淵にいた。
いわゆる“一級品の場所”。
小場所はすべて無視して大場所を狙い撃ちする。
そしてイトウからの反応があるのは必ず“一投目”ということ。
それ以降は反応が薄れ口を使い辛くなる。
朝一の一番いいタイミングで一番いいポイントに入ることにした。
これ以上ない緊張。
しくじれば、帰りの車内および飛行機はお葬式ムードで過ごすことになる。
一番大事な一投目。反応なし。
内心「マジで!?」と思わざるを得ない。
二投、三投するもやはりイトウは現れない。
「これでもダメか....。」
心が折れそうになる。
その後も要所を打ち続けるが良い返事は返ってこない。
下流を諦め上流のポイントに懸ける。
一度車に戻りエネルギー補給をするが正気じゃなかったんだろうな。
UKのパンを勝手に食べる自分。
エネルギー源であれば見境なく食べる。UKごめん。
最後に待っていたもの
そして最終ラウンドの上流域に足を進める。
肝心なところを足早に打っていく。
クマ除けのため爆音で流していたUKの音楽が徐々に遠くなり、
やがて聞こえなくなったが気にしている余裕はない。
途中、イトウのチェイスがあったけれど食うには至らず、
正気を保つのに必死だった。もう時間もない。
ドラマチックな展開なんてそうそうあり得ないわけで。
楽しいことも美味しいものも溢れかえる北海道で、
なんでこんな苦しい目にあっているんだろう。
そう思うまでにメンタルはやられていた。
自分にとっての釣りの意義を考え始めた頃、
ロッドに伝わる確かな生命感。
何も考える間もなく合わせを入れ、
倒木に逃げ込もうとする魚を何とか止める。
極度の緊張を感じながら“魚”を岸に運ぶ。
そこで初めてわかった「イトウ」だ。
少しの間声を出すことも立つこともできずにいたが、
我に返りUKを叫ぶように呼ぶ。
大音量で音楽を流しているので声が届かない。
諦めて待つ。ものの数分ではあったがとても長い時間に感じられた。
遠くからリズミカルな音楽が聞こえてきたので、
もう一度呼ぶと猛ダッシュで駆けつけてくれた。
この場に喜びを分かち合える友人がいて本当に良かったと思う。
自分にとって、これが“釣りの意義”なんだ。
心の底から溢れる喜びとともに実感した。
落ち着いたところで写真を撮ってもらう。
夢が叶った実感が湧き上がってくる。
あまりにも綺麗でずっと眺めていたいと思ったが、
この川でいつまでも泳いでいてもらいたいのでそっとリリース。
ゆっくりと深みへ戻っていった。
とても満たされた気持ちでふと足元に目をやる。
巨大な足跡。
雨が降った後の足跡なのでまだ新しい。
「これ以上はダメ」
そう自然に言われているようで、
少しだけ時間があったけれど来た道を戻ることにした。
自然から十分なご褒美をもらったので、これ以上求めてはいけない。
帰りは天候に恵まれ木漏れ日の中、
ぽつんぽつんと歩く。
自然に目を向けつつ。
周りが見えないほど集中していたんだろう。
植物や動物の生命感を肌で感じ、
今になっていろんなことに気付く。
自然の素晴らしさを噛みしめながらこの地を後にした。
自分一人ではたどり着けなかった魚
今回の遠征では友人に助けられっぱなしである。
段取りもさることながら、
綺麗な写真も撮ってもらい(記事内の写真はUKが撮影したものを使わせてもらってます)、
大切な時間を割いて自分のサポートにまわってくれたUK。
ポイントや釣り方など全面的にバックアップしてくれたもう一人の友人。
本当に感謝の気持ちでいっぱいである。ありがとう!