【だれでも簡単にできる】琵琶湖でワカサギ掬い

琵琶湖の冬の風物詩、「ワカサギ掬い」。

産卵のために接岸したワカサギが網一本で捕まえられるらしい。

噂には聞いていたがやったことはなく、

友人がクーラーいっぱい採ったと聞くたびに指をくわえていた。

ワカサギを掬いに行く

時期もポイントも詳しいことはわからない。

「なんとなく今かな」

そう思って1月末、湖西を散策してみたものの撃沈。

なめた気持ちではダメらしい。

そんなわけで本腰を入れてワカサギ探しの旅に出た。

ワカサギを求めて湖西を北上する

あまり遠くには行きたくないと思い近場で探していたが、

思い切ってかなり北上してみる。

案の定、雪は多く激寒である。

時刻は19時頃。

念願のワカサギを発見!

大きな河口のある浜を歩き、ほんの小さな流入を発見。

「まさか、こんなところに」

そう思ってしばらく眺めていると、

ひょこひょこ遡上してくる魚が一匹。

とりあえず掬ってみる。

「ワカサギ!!!」

よく見ると周囲にもいっぱいいるではないか。

むちゃくちゃ採れる。

ものの30分ほどで夕飯のおかず分はget!

ひとり身なのでこれだけあれば十分だ。

ワカサギの生態を観察

後はしばし、生態観察。

流入でも好き嫌いがあるらしく、

似たような場所でも遡上してくる数にはかなりの差があるようだ。

また、浜にもいたがこちらは5~6匹の群れで行動しており、

かなり岸際まで接岸していた。

楽に採りたいのであれば流入、

早く数採りたいのであれば浜かな。個人的に。

ただ、同じ浜でもいるところには大量にいるし、

いないところはまったくいない。

加えて、浜のほんの少し沖にいる魚も取りたいのであれば、

長めのタモ網が良いかもしれない。

ライトで照らすと沖に逃げようとするので、

進行方向に構えると難なく捕まえることができる。

幅の広い流入にも使えるし、可変すれば足元も掬えるから便利。

礫径も関係あるんだろうか。

ワカサギが溜まっている場所はどこも似たような礫径だったので、

ふと思った。

浜を一通り見てまわって、

ワカサギが好む地形を覚えておく。

次回のために。

本命も採れて満足したので、

そそくさと家路につく。

そして、、、

ワカサギを実食!

採りたてをいただく。

今日の晩御飯はこれだけ。

できれば炭火でいきたいところだが、

そんな準備はしていないのでフライパンで我慢する。

素焼きと塩焼きと醤油で。

感想は、「めちゃくちゃ美味い!」

身はほくほくで骨も柔らかく、味は本ししゃもの様。

これが網一本で採れるなんて美味しい話である。

いくらでも食べれてしまう。

次回は炭火かてんぷらに挑戦してみたいものだ。

次の日

興奮冷めやらぬ間にまたしても琵琶湖へ向かう。

時刻は18時30分。

昨日と同じ要領で夕飯を確保しようと思ったのだけれど、

まったくいない。時間が少し早いのだろう。

個人的な意見だが20時以降が良い時間ではないかと。

夕飯の買い物などを済ませ、20時ごろに到着。

柳の下の二匹目のワカサギ....

ライトで浜を照らすと、

またしてもまったくいない。

「これいかに」

いや、まてまて。

目をよく凝らすとちらほらと姿は見える。

若干の濁りと波で非常に見にくい。

予想外の展開である。

こうなってはタモ網は分が悪いなぁ。

ちょこちょこ拾いながら歩くが数は昨日の比ではない。

こうなると投網なんかの方が遥かに効率が良いだろう。

現に投網を投げている方も見受けられた。

そうこうしているうちに、小さな流入に到着。

この流入がまさに救世主となる。

濁りも波も関係ないため、

定期的に上ってくるワカサギを掬う。

効率はさほどよくはないが、

こんな日にはとても助かる。

よく見るとお美しいワカサギ

それにしても立派なこと。

ワカサギ釣りをしたことがあるが、

こんなサイズはお目にかかったことがない。

そしてとても綺麗な“淡い緑色”。

側面は銀色に輝く。

食味を抜きにしても魅力的な魚だと思う。

簡単だと思っていたが、波や濁り風などの影響で、

状況はガラッと変わることがわかった。

本気でやるなら風裏になるポイントを新規開拓せねば。

琵琶湖のワカサギ、接岸が終わる時期は?

琵琶湖のワカサギ掬いは今年が初挑戦のため、

まだまだ分からないことだらけ。

特に時期、“シーズンの終わり”は不明である。

ただ、二月の中盤に差し掛かろうとしている今、

まだまだ接岸していることは事実である。

さっき見てきたので。

自分が訪れた中では最高の荒れ具合だったから、

浜は死んでいたが影響を受けない流入には相変わらず登ってきていた。

「雨+風」という条件下、

毎日のように現れる“流入おじさん”(盛大に場所取りをしているおじさま)

でさえ姿を見せていなかった。

暴風雨の日だけが、安息の時なんて....。

ちょっと同情しながら安息の時を蹂躙する自分であった。

ワカサギ掬いのルール

最近は網を持つ機会も減り、知り合いを連れて案内することが多くなった。

“見に行くだけ”正直その方が気楽である。

和気あいあいとできる場合もあるが基本的には殺気で満ちているから。

「場所取りしているところには近付かない」

「ライトで照らしすぎない」

「不用意に近付きすぎない」

「挨拶をする」(挨拶さえすれば割り込んでもよいわけではない)

釣り、採集の基本的なルールみたいなものだが、

多数の人が一か所に押し寄せるため争いもちらほら見受けられる。

釣りand採集に関してはできるだけそういうストレスと関わりたくない。

なので網を持たず観察するだけならストレスフリーであるし、

人に警戒心を抱かれないので、談笑して楽しい時間を過ごせるわけだ。

ワカサギを追っているのは人間だけではない

ワカサギは人に愛される魚だが、それだけではない。

実はこの時期、ワカサギを追っている輩は他にもいる

そう“ブラックバス”である。

接岸するワカサギを求めてバスの活性も上り調子。

それを釣らんとバサーのテンションもうなぎ登り。

ワカサギは人間とバスに追われ、バスは人間に追われる。

なんだか不思議な食物連鎖のようにも見えるがワカサギの立場が悲惨である。

「ワカサギを掬う人」VS「バサー」

自然界であれば同じ獲物を追うもの同士が争うのだけれど、

琵琶湖の浜ではしばしば「人間同士の争い」が見受けられる。

そう「ワカサギを掬う人」と「バサー」との対立である。

ワカサギ掬いではライトを多用し目視でワカサギを掬っていく。

対してバス釣りではバスが警戒するためライトの使用を控える。

もし、ライトを灯さず息を殺して黙々とバスを狙っているバサーの付近を、

煌々とライトアップしていこうものなら、

「よろしい、ならば戦争だ」

と言わんばかりに口論が始まるわけである。

ワカサギ掬い側も食料がかかっているため血の気は多い。

血で血を洗う結果に.....はそうそうならないがお互い気分のいいものではない。

そうならないために自分が気を付けていることは、

バサーには何があっても近付かない」、「不用意に照らさない」の二つである。

例え無数のワカサギが群れていようとも、

ロッドを振る音が聞こえれば決して足を進めない。

ましてやライトで照らすなんてもってのほかだ。

逆もまた然り。

なにも「バサーを敬え」と言っているわけではない。

どんなにいっぱいワカサギが掬えようともいざこざになれば台無し。

気分は最悪でワカサギをあてにクソ不味い晩酌をすることになる。

例え採れたのは少しでも何事もなければ、

一日を締めくくるにふさわしい至福の時が待っている。

どちらを取るかという話だ。

断わっておくがどちらか一方を擁護する気は毛頭ない。

自分は「バス釣り」もするし「ワカサギ掬い」もする。

バス釣りをする時はワカサギ掬いの人が邪魔と感じるし、

ワカサギ掬いをする時はバサーが鬱陶しい。

非常に自分勝手。

人間なんてそんなものである。

だから近付かない。

バサーと話す時は網を置き、ワカサギ掬いの人と話すときはロッドを置く。

「決して分かり合えない」

そう言っているようで寂しく感じるかもしれないが、

みんなが気分よく過ごせたらそれでいい。

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